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コラム―演目解剖

四郎探母

 とにかく昔から頻繁に上演されてきた演目であることに違いなく、私がみただけでもその回数はズバ抜けていて、大好きな演目のひとつです。この話は中国ではよく知られている「楊家将演義」という宋代の名門・楊家一族の長編物語のエピソードのひとつです。

ストーリー

 ときは北宋、北方の異民族国家「遼」が勢力を増し、国境を接して交戦状態にあった頃。宋と遼の戦争の最中、宋の将軍・楊延輝(楊家の四男という意味で「楊四郎」とも呼ばれる)は捕らえられる。四郎は名を変えて素性を隠し、遼の鉄鏡公主と結婚する。

 十五年後、弟の楊延昭(楊家の六男「楊六郎」)が元帥となって、母の余太君が食糧を運送するために国境近くに駐屯していると聞いた四郎は、思慕の念に駆られる。戦況が緊迫する中、母に会いに行く術もなく鬱々としている四郎から事情を聞きだした鉄鏡公主は、亡き父に代わって国を治める母・蕭太后に偽って関越えに必要な令箭を盗み出す。四郎は夜明けまでに戻ってくることを約束し、関を越えて宋の陣営へ向う。

 見回りをしていた六郎の息子・楊宗保は四郎をスパイだと思って捕らえるが、持っていた宝剣を見て六郎は四郎その人だと知る。四郎はついに母をはじめ身内と対面する。思いがけない再会を泣きながら皆喜びあうが、それも束の間、四郎は鉄鏡公主との約束通り遼に戻っていく。

 しかし、蕭太后の知るところとなって四郎は捕らえられてしまう。蕭太后の怒りを買って斬首されるところを、鉄鏡公主の懇願によって四郎は許されたのであった。

登場人物

楊延輝(老生)、鉄鏡公主(旦)、蕭太后(旦)、大国舅(丑)、二国舅(丑)、楊宗保(小生)、楊延昭(老生)、余太君(老旦)、四夫人(旦)、楊八姐(旦)、楊九妹(旦)

楊延輝 うしろ姿
(↑)
この白いホコホコ

舞台解剖

 この芝居は節目や行事など、名優が集まって演じるといった顔見せ的なところがあります。でもメインはやはり楊四郎=老生。ひとりの役者が最後まで演じることももちろんありますが、記念公演などではこの楊四郎を老生名優たちがそれぞれの場面を代わる代わる演じることがあります。

 楊四郎の衣装で印象的なのが、冠にささったあの長い羽(ling[令+羽]子)と、後ろに垂れ下がったホコホコした白いモノ(狐尾)です。皇族などの身分の高いお姫様と結婚する(要は逆玉ですね)「附馬套」というお約束のいでたちに、くっついてくるのがこのふたつ。白いホコホコをつけるのは、異民族という意味合いがあります。異民族の王朝はだいてい寒冷地である北方にあるので防寒の意味あいも込められているとも聞きます。ワタシはこの楊四郎のいでたちが大好きです。

 鉄鏡公主の役柄は行当に分けて言うにも微妙です。青衣の性格よりは快活で、花旦の性格よりは大人で、花衫というほど動くわけではありません。台詞も砕けていて、衣装はチーパオ、髪型は大輪の花が真っ先に目に飛び込んで来る旗装頭と漢民族とはやはり風格が異なっています。それだけにいろいろの役者がやるので広がりがある役です。

 文戯(台詞と仕草が中心の芝居)なので、派手な立ち回りはありません。

 なんといってもイイのは「坐宮」の楊四郎と鉄鏡公主のやりとり。この芝居、クライマックスは最初の掴みから来ます。特に「坐宮」の後半、「西皮快板」の早いリズムでの唱の応酬はスバラシイです。極めつけは最後に楊四郎が水袖を翻して高々と片手を挙げて「叫小藩!」と思いっきり高音域でうたいあげるところ。ここは役者、老生としての技の見せ所で、聴き所でもあります。客はもちろん心得ていて、ここの部分を待ち焦がれています。それだけに役者も気合が入ります。「じぃあおしぃぁあお」で溜めて一気に高音で「ふぁぁぁぁぁあん!」とうたうと客は「待ってました!」とばかりに一斉に「好(ハオ)!」と声を掛けまくります。

 「坐宮」だけ上演されることもよくあり、それだけだと大体四十五分くらい。全部上演すると二時間半ほどです。四夫人が登場する場面はカットされることもあります。

 全体的に喜劇で、特に楊四郎の首を斬ると言って怒る蕭太后が関を見張っていた国舅たちの過失を咎める台詞のやり取りも面白いです。丑は道化で言葉も口語で自由です。実際、鉄花公主が国舅たちに説得されるところはどの劇団の芝居も往々にして、「太后様がお笑いになれば、あなたもハッピー。俺たちもハッピー。ハッピーエンドで芝居が終わってお客さんも俺たちもハッピーで帰れるわけです。さあ早く早く!」といったことを言います。アドリブであってアドリブではないようです。

物語解剖

 「なんだこのオトコは?」と思ったのは私だけでしょうか。兄たちは国のために武将として戦って悲惨な死を遂げた中、自分だけが生き残って素性を隠してお姫様とご結婚、子供も生まれて幸せ!でもお母さんに会いたいよぅ〜と泣いているのは・・・う〜ん。まあ誰だって命は惜しいですが。芝居では余太君をはじめとする家族は、突然帰ってこようがあっという間に行ってしまおうが楊四郎の為すことすべてを受け入れています。敵方の蕭太后も威厳には満ちているもののコミカルな感じで、結局四郎を許しています。楊四郎はメソメソしていますが、芝居の雰囲気は最初から最後まで明るいです。鉄鏡公主にしても敵国の人間と結婚したのは、敵とはいえ相手は文明国の人、有能で見所有りと蕭太后が結婚させたという経緯があるようです。

 芝居が民衆へ与える影響力の大きさを考えると、国家にとっては当然「売国奴」、「重婚」といった内容は「教育的ではない」と言えます。中華人民共和国の成立後の戯曲改革では論争になりました。上演禁止措置になるのかと思いきや、「芸術性が高い」というので保留となりました。結局、理屈抜きでイイ、それのど人々を惹きつけて止まない芝居ということです。

 京劇の方は喜劇で、お正月などのめでたいときに演じるにはうってつけなのですが、江西省の地方劇・上党bang[木+邦]子の「三関排宴」は同じ題材でもスゴイ悲劇です。

 両国の国境にある三関で遼の蕭太后と宋の皇帝の代理を務める余太君との和平会談が開かれ、同席した楊四郎の正体が明かされます。余太君は喜ぶどころか一族の恥だと怒り、蕭太后は楊四郎を国に帰すことにします。しかし、桃花公主(ここではこの名前)は楊四郎について行くと言い張り、蕭太后はみすみす自分の娘を人質にやるわけにはいかないので認めません。桃花公主は悲観してその場で自刎してしまいます。楊四郎は余太君と共に国に帰ってきますが、周囲の反応は冷ややか。居たたまれない楊四郎は結局自刎してしまいます。

 これはこれでなんともカワイソウ。楊四郎の死を知った余太君は悲しむどころか「死得好(死んでよかった)!」なんて言います。息子が生きていたことを無邪気に喜ぶ京劇とは違って、こちらは尊厳を捨てて富貴を貪っていた息子を責める、ストイックにひたすら国に忠誠を誓う戦士ですね。桃花公主は鉄鏡公主のように快活な性格なのですが、この話においてその性格は空悲しい気がします。

物語データ

 別名「四盤山」、「北天門」。「楊家将演義」第四十一回。しかし話は異なり、小説では楊四郎は捕らえられて結婚するものの、目的は敵討ちの機会を窺うためで、後に宋軍と策応する。周明泰「道咸以来梨園系年小録」によると道光四年(1824)の慶昇平班のプログラムにこの演目がある。道光二十五年(1845)刊の「都門紀略」には余三勝、張二奎、陳鸞仙(鳳林)等の俳優の得意な演目だったとある。

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2002/09/01