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コラム―実践篇

京胡とワタシ

京胡

松脂と100円ライター

(上)
松脂の塊。
これは割り箸を
割らずに
先端に挟んで
使用します。
(中)
きりたんぽ状の
松脂
(下)
100円ライター

←My京胡

 京胡を触ってから3年くらい経ちます。

 値段は180元、当時のレートで言うと日本円で2500円しませんでした。授業を始める前に先生と一緒に近所の楽器屋に買いに行きました。そこには180元のものと520元のものしかなく、その間の値段のものは出払っていました。「初めてなんだからこれでいいや。上手くなったらいいのを買おう」と思い、安い方に決めました。

 先生からは真面目で上達が早いと言われたものの、習い始めて基本的な弾き方や音階がわかるや否や、あまりいい生徒ではなくなりました。というのも、自分が弾きたいものを弾くようになっていたのです。調子に乗って好きな場面の唱や好きな曲牌をいつまでも弾いていました。

 ちょっと弾けるようになれば、誰かが実際にうたっているときの伴奏をしてみたくなります。でも、はっきりいって素人は自分が弾くことに精一杯で、他人がうたうのに合わせて弾くなんてなかなか上手く出来ません。また、私のレパートリーも広く浅くとものすごく限られています。例えば「空城計」の西皮慢板「我本是臥龍崗」は一通り弾けるようになると、同じ老生で西皮慢板の「坐宮」や「捉放曹」もチョチョイと出来るようになるかと言えば、ほんとにチョチョイというさわり程度でちゃんと弾けるものではありません。芝居が違えば唱詞も違う、唱は人それぞれ味付けが違うように、それに合わせて弾く京胡も同じようにアレンジして弾くことになります。さらに私は自分の好きなもの好きなところばかり弾いていたので、最後まで根気よくやった曲も少ないのです。「これは途中まで」とか「はやくて弾けないよ〜」とかそんなのばっかりでした。

 とにかく、人がうたうのに合わせて弾く、ということは難しいです。票友(アマチュア)が発表会をするときも楽隊は大抵プロを揃えます。一流の俳優には専属の琴師がついているもの。アクシデントがつきもののナマの舞台で、琴師は臨機応変に音を操ります。実際、そうして芝居に大事な間を救ってきた例は枚挙に暇がありません。芝居で操琴が上手いのは大前提。確たる技術があってこそ初めて舞台が成り立つもの。役者の華やかな舞台は裏に真にプロフェッショナルな人たちがいてこそなのです。

 テレビである琴師が自分で弾きながら、「武家坡」の有名なくだりである王宝釧と薛平貴の唱の掛け合いをやっていました。つまり京胡の伴奏、旦の唱、老生の唱と一人三役をこなしていたのです。唱と手元の両方に意識を集中するなんて無理です。無意識で手が動いているという状態で、あれぞまさにプロ!という技でした。

 美しい京胡の音色を引き出すに当たって、私は苦手な作業ががあります。それは、松脂をつけることです。
 13センチほどの長さの細い棒にきりたんぽ状で固まった松脂がついているものがあります。見た目は水飴みたいで美味しそうです。その先端に火をつけ、筒と持ち手の竹の接点にかざします。すると熱さで溶けた松脂がぽたぽたと落ちて黒く固まります。

 これがものすごく燃え上がって黒い煙が出て焦げ臭くて火傷するんじゃないかと気が気ではないのです。京胡本体まで燃やしそうでコワイのです(ってワタシがヘタなだけなんですが)。この作業を極力避けていたのですが、「そろそろやらないと京胡がダメになるかも」というギリギリのところまで来て
はじめて意を決し、相当の覚悟を持ってこの作業を進めていたのでした。
 でもこの松脂、あるのとないのとでは全然音が違います。黒く固まった松脂は、弾くたびに擦れて白い粉になります。その白い粉が弓の馬の尻尾にくっついてなじむと、あら不思議!目の醒めるような瑞々しい音色が!となるのです。

 こんなことがありました。天津京劇院のある公演の時のこと。芝居も盛り上がってきて一心に見入っていると、なんか焦げ臭いニオイが・・・。「ひょっとして火事?!」と思ってキョロキョロすると、舞台向って右端に位置する楽隊の琴師がタバコに火をつけるかのようにその場で松脂を燃やしていたのでした。このときは三日連続で公演があったのですが、その琴師は三日間とも役者が芝居を熱演するその横、その場で事も無げに松脂をつけていたのでした。それだけ見ても「やっぱりプロってスゴイな〜」と感心してしまいました。

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2002/09/01