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演目のあらすじ

時代

殷(紀元前1400年頃〜紀元前1027年頃?)

周 西周(紀元前1027年〜紀元前771年)、東周(紀元前771年〜紀元前239年)

春秋時代(紀元前600年頃〜紀元前403年)

戦国時代(紀元前403年〜紀元前221年) 燕、斎、楚、韓、魏、趙、秦

背景

現在認められる中国最古の王朝「殷」は紂王の無道ぶりから滅び、「周」が登場。当時は各地の諸侯をまとめる盟主といった性格が強く、のちに各地の勢力が強まって周はその中の一国に過ぎない位置にまで落ちる。区別してそれまでを西周、それ以後を東周と言う。

中国はさらなる小国の対立、興亡を繰り返す。そういった時代の気風から各国が優れた人材を欲し、規制がない自由さから思想が発達し、自分の思想を説いて売り込む思想家が各国を回った(諸子百家)。

備考

殷時代を題材に取った物語「封神演義」も京劇の題材になっている。春秋・戦国時代を題材にする芝居も多く、その故事は日本でもよく知られている。

伐子都

母を殺された惠南王は仇である鄭の庄公を討とうと出兵する。庄公は穎考叔を元帥、子都を副将として派兵させるが、不満に思っていた子都はどさくさにまぎれて穎考叔を殺し、功績を独り占めにして凱旋する。戦勝を祝って宮殿で開かれている宴で、穎考叔の幽霊を見て子都は狂死してしまう。 

趙氏孤児

無道な振る舞いをする晋の霊公に丞相・趙盾は諫言するがかえって煙たがられ、霊公の腹心・屠岸賈に濡れ衣を着せられて一族皆殺しとなる。趙家に嫁いでいた霊公の妹・庄姫公主は連れ戻されるが、すでに身ごもっていた子を密かに産み落とす。趙家の食客・程嬰が赤子を密かに引き取り、探し回る屠岸賈に自分の子を身代わりに差し出す。程嬰は趙家の赤子・趙武を自分の子として育てる。十五年後、程嬰に真実を告げられた趙武は一族の仇をとる。

捜孤救孤

→程嬰が自分の赤子を身代わりに差し出し、義兄の公孫杵臼が匿ったとして屠岸賈に捕まる一幕。「趙氏孤児」は後に改編したもので題材は同じ。

文昭関

国王に父と兄を殺された伍子胥は復讐を誓って国外へ逃げようとするが、関所には人相書きが配られて越えることが出来ない。旧知の東皋公にひとまず匿ってもらうが、閉じこもって悩み続けた伍子胥は髪の毛と髯が真っ白になってしまう。東皋公の友人は伍子胥の服を着て変装し、身代わりとなっているその隙に伍子胥は関を越える。 →「文昭関」とその後の「浣沙記」「魚腸剣」「刺王僚」を「伍子胥」として上演することも多い。

西施

越王・勾踐は西施という絶世の美女を呉王・夫差のもとへ送る。夫差は西施に夢中になり、次第に酒色に溺れて政治を疎かにする。傾いた呉の国を勾踐は攻め滅ぼす。

将相和→完璧帰趙、[さんずい+黽]池会、廉頗負荊

秦王は趙王の持つ璧と十五の城の交換を申し出つつ、実は璧を取り上げようとしていた。藺相如は璧を携えて秦に赴くが、秦王の不実を責めて璧をそのまま国に持ち帰る。秦王は趙王を招いて宴を開き、席上で趙王を辱めるが返って藺相如にやり返され、趙王は将軍・廉頗の迎えで無事帰途につく。趙王は藺相如の一連の功績を評価して宰相に封じる。不満な廉頗は藺相如が宮廷へ通う道をわざと阻んで挑発するが、藺相如は衝突を避けて戻っていく。秦に隙を与えないためにも和を大切に思う藺相如の真意を知った廉頗は、心から過ちを認めて藺相如に謝罪する。

桑園会

他国へ出向していた魯の大夫・秋胡は辞職して二十余年ぶりに帰郷する。その道すがら、偶然妻の羅敷に出会うが、羅敷は長い年月で様子が変わってしまった秋胡を自分の夫であるとは夢にも思わなかった。秋胡は羅敷の心を試そうとわざと正体を明かさずに言い寄るが、羅敷は憤慨して家に帰ってしまう。追って来た秋胡は自分の正体を明かすが、羅敷は夫から受けた仕打ちに対して恥ずかしさの余り首を吊って死のうとする。秋胡の母は行き過ぎた息子を叱って謝らせ、夫婦は仲直りをする。

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2003/04/15